10・8 山﨑博昭プロジェクト

10・8羽田闘争直後に四つの声明

 1967年10・8羽田闘争とその中での山﨑博昭君の死は同時代の人々に大きな衝撃を与えました。日本におけるベトナム反戦の鮮烈な主張と行動として受けとめられたのでした。それは同時に警察・マスコミ側からのけたたましい「暴力学生」キャンペーンにどういう態度をとるのか、という問いかけでもあったのでした。

 それに対して、10・8羽田闘争直後から山崎君の母校である京都大学の教員を初め多くの知識人・表現者から声明が次々と発せられました。貴重な歴史的史料としてここに再掲します。
 そこで表明されている態度、考え方は、今日からみても、10・8羽田闘争に対する最も良心的なものであり、歴史的事態に対する高い見識を示すものでした。それから半世紀後の現在の政治・社会・文化状況に際しても学ぶべきものであると言えましょう。
 本サイトに別掲の鈴木道彦、竹内芳郎著『(再録・抜粋)政治暴力と想像力』(1970年刊)と合わせて、ご一読ください。

 ここに紹介する声明は、山﨑博昭君の死を追悼する大きな流れをつくり出し、10・8羽田闘争での逮捕者、負傷者の救援運動の出発点となっていきました。また、水戸巌・喜世子夫妻の救援活動から「十・八救援会」が発足し、それが現在の「救援連絡センター」の礎となりました。
 (記事の一部に間違いがありましたので、訂正しました。 事務局)

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声 明

 昨日、佐藤首相の南ベトナム訪問を阻止するために、羽田空港付近の学生デモ隊の中にいた京大文学部一回生山崎博昭君が警察機動隊と学生との衝突現場で殺されました。彼の直接の死因が何であったかについては警察側と学生側との見解が対立しており、私たちは正確な判断の材料も未だ持ちあわせていません。しかし、彼の直接的死に対する責任がどちらの側にあるにせよ、彼の死の本質はもっと別のところにあると私たちは考えます。
 私たちはベトナムに対するアメリカの侵略を悪だと考えます。佐藤首相の今回の南ベトナム訪問の目的は、このようなアメリカの悪に対する新たな積極的な肯定と援助にあったと私たちは考えます。佐藤首相は自らの目的を遂行しようとしており、彼山崎君はその不正な目的を阻止するために多くの学生たちとともに自らの死を賭けたのでした。このかんたんな事実の中に問題の真実があると考えます。私たちは、このような状況をつくりだした佐藤政府こそ非難さるべきだと考えます。
 同時に、私たちは彼山崎君を死にいたらしめた責任の一半を私たちも含めて京都大学そのものも負うべきだと考えます。
私たちは明らかに進行しつつある不正に対して何をしたのか。知識人の集団としての真実の守り手と称する京都大学は、何をしたか、こそ問わるべきだと考えます。
 私たちは、彼山崎君の死を悲しみと怒りといくらかの恥ずかしさをこめて、彼が目的としたところを、京都大学の目的とすることを、私たちの立場を考えて、教職員と大学院の皆さんに訴えます。
 一九六七年十月九日
   京都大学教養部 林  功三
        〃  尾里建二郎
       理学部 三枝 寿勝

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10・8羽田デモについての呼びかけ

 十月八日に何ら有効な阻止行動をとらなかった革新政党は、さらにいま、よってきたる問題の本質を明らかにする責任を逃れて、裏切り的態度をとり、一部にあっては、十月八日身を挺して行動したものが自己の批判勢力であることの故に、権力側のキャンペーンと軌を一にする暴力分子呼ばわりをしています。
 わたしたちは、以上のような事態の本質を見のがすことはできないと考えます。わたしたちはすでに、わたしたちの日常のみせかけの平和がベトナム戦争と構造的に深くかかわってあることにより、目に見えないベトナム人民の血で日々自分の手が汚れていることの痛恨をもってきましたが、その痛恨において十月八日に流されてしまった山崎博昭君のつぐなうことのできない同じ色の血が欺瞞的なキャンペーンの的になるのを許してはならず、現在踏み出されつつあるベトナム戦争加担の重大な一歩がその陰に隠されるのを許してはならないと考えます。
 この意志表示に多くの労働者、知識人、学生が加わって下さるよう呼びかけます。
 佐藤首相の南ベトナム訪問に反対する十月八日の全学連、反戦青年委員会等の羽田におけるデモ以来、それが官憲と衝突したことにかかわって、政府宣伝、商業新聞、テレビをはじめとする全報道機関をあげての大キャンペーンが続いています。また一部の知識人の意識的、無意識的な発言がそれに協力しています。
わたしたちは、このキャンペーンの意図するところは、きわめて欺瞞的なものであり、しかし、それに導かれつつある状況は危険なものだと考えます。
 それは一切をあげて問題を学生の暴力という一点にしぼりあげ、あの日、他の誰もなさなかった佐藤訪ベト阻止の行動をとった人たちを、暴力分子にしたてあげることによって、その陰にわたしたちの権利である示威表現の自由を圧殺する国家権力の暴力と、なにより佐藤首相の南ベトナム訪問というわが国の実質的なベトナム侵略戦争加担のモメントを画する支配層の行動をかくそうとしています。
 十月十二日
   発 起 者
       岩田  宏
       石田 郁夫
       長田  弘
       黒田 喜夫
       野村  修
 (十月十二日までの署名者)
       天沢退二郎
       江川  卓
       観世 栄夫
       岩田  宏
       林   光
       岡本  潤
       秋山  清
       石田 郁夫
       徳留  徳
       小寺 和平
       長田  弘
       粕  三平
       山田 正弘
       茨木のり子
       長谷川竜生
       海老坂 武
       大沢真一郎
       菅原  克
       篠田浩一郎
       鈴木 道彦
       津野海太郎
       黒田 喜夫
       野田 真吉
       三木  卓
       山際 永三
       吉野  弘
       山下 菊二
       福田 善之
       野村  修
       土本 典昭
       松本 俊夫

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声 明

 佐藤首相の南ベトナム訪問に反対する学生の行動をめぐって、政府の声明、マスコミュニケーション機関の報道には、私たちとして見のがすことのできない危険があらわれている。「学生が暴力団のようになった。これに対するきびしい弾圧は当然である」として、学生運動批判に国民の注意を集中させ、学生の反対行動の的となった首相の南ベトナム訪問の性格をかくしてしまうという態度である。
 戦争を体験した日本人として、ベトナム戦争に反対することは自然の感情であり、自分たちの政府がこの戦争に協力することをあきたらなく思うのも当然の判断である。
 今、首相が、これまでの戦争協力を一歩進めて、南ベトナム政府に友好的訪問を行うことはつよい抗議に値いする政策であると思われる。この政府の処置に対して、学生ははげしい行動をもって抗議した。その抗議の仕方に行きすぎがあり、そのゆきすぎは批判されるべきものであっても、抗議についての批判は、抗議の対象となった日本政府の戦争協力についての批判と相殺されるべきものではない。また国家権力によって武装された警官の暴力と学生の肉体的行動による抗議とは、冷静に比較するならば、その暴力性において同じ程度のものではない。そのことを、参加者は知っており、目撃者は知っており、第三者としても推定できる。私達は、国家の政策に対する人民の批判の権利を守りたい。もし今、政府の声明やマスコミュニケーションの報道が良識の名においておくってくる学生非難に同調して、学生を見すてておくならば私達自らが国家批判の権利を手放すことになろう。
 今日の日本の政治のもとでは、首相の南ベトナム訪問に反対する声が、日本人の間にあることを世界に知らせることも、一人の青年の死をもたらしたこの不幸な事件をまってはじめて実現した。学生の行動は、このような日本の状況と見合ったコミュニケーションの形なのであって、私達は学生の行動の行きすぎを批判するだけでなく、それに百倍する力をもって、日本の政治に対して抗議したい。
 羽田事件についての声明と報道とをうけとって、私たちは、政府ならびにマスコミュニケーション機関に対する批判の意志をあきらかにすると同時に、今回の学生行動にたいしては、署名者のあいだにも、さまざまな批判や意見もあるが、学生のベトナム反戦の目的にたいしては連帯の意志を明らかにしたい。
 十月十四日
       梅本 克己
       大井  正
       大江健三郎
       小川 政恭
       小田  実
       小田切秀雄
       陸井 四郎
       久野  収
       小島 輝正
       佐多 稲子
       柴田  翔
       竹内  好
       鶴見 俊輔
       鶴見 良行
       奈良本辰也
       名和 統一
       羽仁 五郎
       林  功三
       日高 六郎
       堀田 善衛
       水戸  巌

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羽田十・八救援活動についての要請

 さる十月八日、佐藤首相の南ベトナム訪問への抗議行動に対し、過剰な警察力の行使が加 えられ、その際、一名の学生の命が失われ、多数の労働者・学生が負傷しました。何名かの 重傷者はなお病床におります。
 当日、学生だけでなく、多数の労働者が抗議のすわりこみを行なっていましたが、機動隊 は、この人々にも激しい“規制”を加え、労働者に多数の重傷者を出しました。現在までの 学生および労働者の被逮捕者は六六名、起訴者および拘留者は二七名います。
 亡くなられた山崎博昭さんの死因については、公表された警察の発表自体が時とともにかわり、それらが互いに矛盾するなど、“れき死”、と考えるには疑問が多く、他方、担当の小長井弁護士は、死因として頭部傷害を重視しています。
 当日の学生の行動についての意見の相違は当然あるとしても、わたくしたちは、第一に、 この事件の最大の要因は、首相の南ベトナム訪問の強行であり、それへの抗議という目標に おいて、当日、羽田におもむいた学生・労働者への連帯を確認することができます。第二に、この事件において、当日の空港付近の学生の集会・デモを一切禁止したなど、思想・表現の 自由に対する不法な侵害が存在したこと、事件後の処置において、この方向が強化されよう としていることに対し、抗議します。さらに、機動隊の警棒使用において、法律の規定をこえた過剰な警察力が行使されたことに対し、強く抗議しなければならないと考えます。
このような立場から、わたくしたちは事件全体の真相を究明し、国家権力の不法な行使に よる犠牲者(死者・負傷者・被逮捕者・起訴者)に対し、治療費と法廷費用の資金援助など救援の手をさしのべたいと考え、みなさまの協力をお願いします。
 一九六七年十一月九日
  よびかけ人
       浅田 光輝
       いいだもも
       井岡 大治
       石田 都夫
       井上  清
       茨木のり子
       岩田  宏
       梅本 克己
       海老坂 武
       大井  正
       大沢真一郎
       岡本  潤
       小田切秀雄
       小野十三郎
       観世 栄夫
       樺  光子
       黒田 喜夫
       河野 健二
       国分一太郎
       小島 輝正
       斉藤 一郎
       佐多 稲子
       寿岳 文章
       新村  猛
       菅原 克己
       杉浦 明平
       鈴木 道彦
       田中寿美子
       鶴見 和子
       奈良本辰也
       野田 真吉
       野間  宏
       野村  修
       羽仁 五郎
       植谷 雄高
       林  功三
       林   光
       日高 六郎
       星野安三郎
       本田喜代治
       松田 道雄
       三木  卓
       水戸  巌
       務台 理作
       森   毅
       山下 菊二
       雪山 慶正
       吉野源三郎
  事務局・東京都田無市緑町三丁目三ノ一六
       水戸 巌

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