賛同人

(50音順。賛同金の振込をいただいた方々のみを掲載しています)
6月13日現在、合計610人(お名前の掲載を辞退された賛同人は180人)
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【ア行】

相川 晴彦 (船橋・憲法を生かす会)

愛沢  革 (詩人、翻訳家[韓国現代文学]、大手前高校同窓生)

相田 愼一 (経済学研究者)

青木  亨 (有限会社 日本リスクマネジメント 代表取締役)

阿形 恒秀 (鳴門教育大学教授、大手前高校・京都大学同窓生)

赤松 英一 (大手前高校同窓生、京都大学同窓生)

山﨑(そして辻、正田)の死への責任感を最大の根拠に1993年まで中核派で活動した。そうした倫理を捨て、現実に意味のなくなった運動・組織と決別して20年余。山﨑を憶うことは、僕にとってこの50年の総括と同義であり、「10・8顕彰」に両手をあげて賛同するのではない。ただ、これが契機でなければ口を開くことのない人、動くことのない人が出会い、意見を交わすことは同時代人として意義深いだろう。それが社会運動の再生への少しでもの支援に繋がればと願う。

揚田 崇徳 (農耕民)

1947年、広島県生まれ。10・8には不参加。/1967年10月8日~14日、前期試験後の休暇で、田舎(御調郡久井町:現三原市)にて稲刈りをしておった。10月15日、後期授業が始まるため広大に戻ったところ、10・8に参加した友人から聞かされた。山崎君は虐殺されたのだ、と。/強い衝撃と怒り、悲しみの中、10月16日に徹夜でピアノ曲『輓歌』を作曲したのです。/ 「訪辨天橋」  「辨天橋を訪ぬ」/ 往事摩川畔  往事(昔あったこと) 摩川(多摩川)の畔(ほとり)/ 今來半百年  今來(今に至るまで) 半百年(50年)/ 橋頭花一朶  橋頭(橋のたもと)に 花一朶(ひと枝)/ 澆酒對秋天  酒を澆(そそ)いで 秋天に對す/そそいだのは酒と一滴の涙だったのかも知れません……

秋田 明大 (倉橋島在住、自動車整備工)

秋本 吉徳 (駿台予備学校講師)

秋山 花子

浅野 健一 (同志社大学大学院教授[地位確認係争中]、元共同通信記者)

淺野 省三 (弁護士)

渥美  明 (会社役員)

天笠 啓祐 (市民バイオテクノロジー情報室代表)

天野 典英

荒井  献 (新約聖書学者)

日本の「負の遺産」と真摯に向き合うことなしに、将来の本来的意味における「積極的平和」を創り出すことはできません。そのための重要なモニュメントとして山﨑博昭プロジェクトが完成されることを希って止みません。

新居 和夫

荒木 和男 (弁護士)

新崎 盛暉 (沖縄大学名誉教授)

安藤 貞利

安間 弘志 (自営業、フェイスブック憲法九条の会管理人・東埼玉百人委員会事務局長)

李   徹 (元東農大学生)

井形 和正 (教員)

五十嵐裕幸 (1969年11・13大阪扇町闘争[糟谷孝幸虐殺事件]被告、大阪市大除籍中退)

池内 悦子 (画家)

池内 久芳 (元70年安保闘争被告)

池田 浩士 (京都大学名誉教授)

池田 知隆 (ジャーナリスト)

池田  稔

池田真知子

石井 昌三 (自営業)

石川 逸子 (詩人)

石坂 久信 (フリーアルバイター)

石田 法子 (弁護士、大手前高校同期生)

石田  雄 (政治学研究者)

石橋 浩治 (哲学塾、最首塾メンバー)

磯野  彬 (10・8羽田闘争参加者)

磯野 康子

位田  浩 (弁護士)

板倉 元朝 (介護士、元10・8羽田闘争被告、元関西大学全学共闘会議議長)

井出  彰 (図書新聞代表)

伊藤 啓志 (大手前高校同期生)

伊藤 公雄 (京都大学文学部教授)

稲葉 良光 (会社員)

猪野 修治 (科学史家)

井野 博満 (柏崎刈羽原発の閉鎖を訴える科学者・技術者の会・代表)

井上 敏子

井上眞理子 (奈良学園大学教授)

井上 澄夫 (故人、元一橋大ベ平連)

今泉 正臣 (医師)

入江 恭平 (中京大学教員)

岩田  宏=小笠原豊樹 (故人、詩人、翻訳家)

岩松 芳和 (学習塾代表、元東農大新聞部)

岩見 隆司 (大手前高校同期生)

岩脇 悦子 (大手前高校同期生)

岩脇 正人 (大手前高校同期生)

上島 幸枝 (山﨑建夫の友人)

魚住 隆太

内山  節 (哲学者)

内海 愛子 (日本-アジア関係論)

宇野 秀隆 (山﨑建夫の友人)

宇野 晴久 (元毎日新聞記者)

宇野田尚哉 (大学教員)

梅沢  直 (プロジェクト猪)

梅林 宏道 (ピースデポ特別顧問)

浦谷 年良 (TV演出家)

江尻  司

枝松 克巳 (都市計画家)

海老坂 武 (フランス文学者)

記憶はおのずとすり減っていきます。しかし、これに抵抗し、これだけは忘れまいとする事柄の一つとして、山﨑虐殺を記憶し続けたいと思います。当日、デモに参加した人 間として、またそのときはじめて抗議の署名というものをした者として。

江村 信晴 (10・8羽田闘争に反戦青年委で参加)

白順社という出版社をやっていました。10・8羽田闘争時、反戦青年委で参加。穴守橋から弁天橋へ駆けました。赤松英一さんのエチカに及ばずながら、同時代人として、何がしか、つながればと希います。

大川 一夫 (弁護士、京都大学同窓生)

大久保哲夫 (元立命反戦会議、同大全共闘副議長)

大塩  剛 (弁理士)

太田美智子 (翻訳・ライター)

大谷 源一

大谷 行雄 (翻訳家、元社学同系高校生組織高安闘委69-70年委員長)

大谷 恭子 (弁護士)

大西  聡 (団体職員)

大野 光子 (文学研究者)

岡  啓子 (大手前高校同期生)

岡  進平 (10・8羽田闘争参加者)

小笠原 憲 (当時田舎の高校生)

岡田 茂彦 (京都大学後輩)

岡田新一郎 (NPO自立の家理事、元全国農団労委員長)

岡部 裕子

岡本 紀幸 (元横浜国大全共闘)

10.8は私にとっても人生の画期となる出来事でした。 その時は私は予備校生で政治に関心はあったもののわが身のことのみに汲々として日々を送っていました。まったく同年の若い命が反戦運動の最前線で官憲の暴力によって奪われ亡くなったことの衝撃は、半世紀を過ぎようとしている今も鮮明に脳裡に甦ります。徒に時が過ぎたとは思いたくはありませんが、当時の世相と比べ今日の状況の酷さはいかんともし難いものがあります。翻って何もできない不甲斐なさに悶々としている私なので、せめて今回のプロジェクトの端くれにでも連なれることに一縷の光を感じた次第です。 発起人の方々をはじめ、多くの賛同者がこの事業に加わることで世の流れを再び大きな清流へと変えていくこと強く願います。

小川 知二 (故人、京都大学同窓生)

小川 康彦 (出版社)

小川 悦子 (建築士)

奥田 俊夫 (NPO法人みんなの家 代表理事)

奥平 康弘 (故人、東京大学名誉教授)

生越 哲男 (NPO法人ちがさき自然エネルギーネットワーク)

長船 青治 (パレスチナに献花を‼ 対駐日イスラエル大使館抗議行動・世話人)

小沢 遼子 (評論家、元埼玉ベ平連代表)

越智 保則 (元福岡教育大学教員)

落合 祥堯 (反戦老人クラブ・京都)

小野 和隆

折原  浩 (東大闘争裁判特別弁護人)

片岡 卓三 (医師)

【カ行】

角山  正 (弁護士)

懸田  豊 (大学教授、大手前高校同期生)

笠原  優 (泉南生活協同組合[オレンジコープ]理事長)

樫原 健一 (建築構造士、大手前高校同期生)

片桐 一成 (弁護士)

片見冨士夫 (弁護士、京都大学同窓生)

加藤 典洋 (文芸評論家)

角口 和憲

金森 文成 (大手前高校同期生、京都大学同窓生)

金子  絢 (学習塾講師)

冠木 克彦 (弁護士)

神谷 種正 (予備校講師)

川上 吉康 (書家、大手前高校同期生)

川上 孝也 (同時代の学生)

川口  顕 (元10・8羽田闘争被告団事務局長)

川嶋 康裕 (大手前高校同窓生)

川嶋 澄夫 (元広島大学全共闘議長)

川瀬 典夫 (精神科医師)

河西 治枝 (主婦)

*突き抜ける空の青さに目を凝らし弁天橋に君を探さむ /  *川風に秋をまたいで弁天橋学生ひとり幻影に顕つ /  *かの日より弁天橋に「思い疲れ」君の面影巨石に求めて /  *川端に巨石いくつか横たわり山﨑博昭忌 木犀かおる /  *機動隊による一撃の惨殺忘れまじ検視結果「脳挫滅」とぞ/  *海老取川は東京湾に灌がれてやがて地球をくまなく巡らむ/  *とめどなく沈みてゆかむ吾が気持ち揚田崇徳の「輓歌」ピアノ曲 / 

川端 繁治 (山﨑建夫の友人)

川浜  昇 (大学教員、大手前高校・京都大学同窓生)

川村 榮助 (無職)

神田 さよ (詩人)

菊地 敦己 (グラフィックデザイナー)

岸江 孝男 (フリーライター)

岸田 泰彰 (元教員)

北川フラム (アートディレクター)

北村 智子 (俳優)

10月8日、あの日あの時、私は山﨑博昭君とともに弁天橋の上にいた。大学3年、20歳だった。反戦の意思を持って橋の上にいた学生たちに向けて、国家権力・機動隊は銃弾を放った。私が学生運動に参加してからはじめての発砲だった。それが催涙弾とは知らず、銃で撃たれると思った。逃げまどい 橋の欄干から川に落ちそうになった。落ちる寸前に助かった。 /あの時亡くなっていたのは、私かも知れない。 /一日も忘れたことはない。山崎君のこと。反戦への思い。

北村  敏 (元大田区立郷土博物館 学芸員)

喜田村洋一 (弁護士)

城戸 浩正 (弁護士、元全国学生解放戦線議長)

木下 達雄 (浄土宗大林寺住職)

君島 好信 (自然科学が好きなモーターサイクリスト)

君塚 大学 (故人、元佛教大学社会学部教授)

木村 聡美 (元都立西高現社研部員)

当時高校2年だった私は、漠然と不安感を抱いていましたが、山崎さんの死は、戦後“平和と民主主義”の空虚な実態を身をもって教えてくれました。「なぜ戦争に反対するのですか?」「それは醜いからです」……遺されたノートに書かれていたという彼の言葉に、今の日本も真摯に耳を傾けなければ。

季村 敏夫 (詩人)

木村 政紘 (医師)

木村 泰宣

桐村  剛 (あつたピースフォーラム代表)

久下  格 (元国鉄労働組合員)

工藤 節子 (税理士、大手前高校同期生)

熊本 一規 (明治学院大学教員)

熊元 啓人 (元福岡べ平連[日本を正しくする会派])

蔵田 計成 (社会批評家・社会運動家)

倉橋 健一 (詩人)

栗林 輝夫 (故人、神学者)

黒岩 秩子 (元参議院議員、社会福祉法人理事長)

黒川 伊織 (兼業主婦)

黒川 眞一 (加速器物理学、元ベ平連)

黒瀬  準 (大手前高校同期生)

黒田 純吉 (弁護士)

黒田 真樹 (大阪府立大手前高校教員)

山﨑博昭さんの名は、私が入学した82年には伝説でした。昨年亡くなった吉田寮の先輩に導かれるようにして、この会に参加することになりました。 いま大手前高校で日々生徒たちと接しています。高校生たちに山﨑博昭さんという先輩のことを伝えたいと考えています。

小嵐九八郎 (作家)

小泉 雅英 (フリーディレクター)

高  史明 (作家)

小久保 浩 (元10・8羽田闘争被告)

小嶋 康生 (元摂南大学教員)

小庄 秀範 (山﨑建夫の学友)

後藤 和廣

小西 弘泰 (医師、京都大学同窓生)

小濱 義久 (大手前高校同期生)

小林 由利 (大手前高校同期生)

小林すみ江 (元中学校社会科教員)

現在は無職、60歳まで中学校の社会科の教員でした。当時早稲田の学生でベトナム反戦デモと学費、学館闘争に参加していました。

小林  一 (地域プランナー)

小松 美彦 (武蔵野大学教授)

小室  等 (歌手・作曲家)

小山 帥人 (ジャーナリスト)

近藤(長谷川)ゆり子 (元駒場共闘[東大中退]、大垣警察市民監視違憲訴訟原告)

高3の10・8。全く政治ッ気のなかった千葉高でも翌日の1時間目は全校でクラス討論となった。半年後、安田講堂の入学式はデモに囲まれていた。そして6月からの無期限スト。……今、吹きすさぶ反動の嵐の中、もう一度あの10・8に向き合いたい。

【サ行】

佐伯 隆三 (大手前高校同窓生=1968年入学)

最首  悟 (東大助手共闘、元和光大学教授)

斎藤 貴男 (ジャーナリスト)

齋藤 武光 (エントロピー学会共同代表)

斎藤 直人 (著述業)

3年後の2017年に山﨑博昭の碑(いしぶみ)が出来上がれば、小生がこの世でなすべきことの殆どが終わったことになると思うと、感激も一入でありました。落涙再三ならず…。佐々木幹郎さんや三田誠広さんのように立派なことは書けないまま、馬齢を重ねてきましたが、40余年細々と書き続けてこられたのは、偏に山﨑があの日あの時あそこで斃れたからに他ならないと、あらためて知ることができました。 目標額が大きいので、賛同人の獲得と小生自身の賛同金の増加のために動こうと思います。前者については彼山﨑と同年生まれと同年に大学に入った方々を中心に、そして後者に関しては小生がアルバイトを再開し、その給与の全てとはいかなくとも、幾ばくかのお金を貯めてお送りするということであります。今朝ほど嬉しいことがありました。お声を掛けていた人の中で、賛同人になってくれる人からメールがあったのです 。

斉藤 政明 (『青春の墓標』奥浩平の友人)

斎藤  明 (社会運動家、元10・8羽田闘争被告)

齊藤 明男 (10・8羽田闘争参加者、元東京学芸大学生)

在間 秀和 (弁護士)

酒井 杏郎

榊原 通紀

坂田 幸二 (よつ葉ホームデリバリー京都南代表)

作能  豊 (年金生活者)

佐々木葉二 (京都造形芸術大学教授)

佐々木静子 (弁護士、元参院議員、大手前高校同窓生)

佐々木迪淳 (日本キリスト教団羽沢伝道所牧師)

佐野  真 (いのちをつなぐ架け橋プロジェクト)

東京新聞にて活動を知り、また賛同人の方からもご案内いただきました。私個人的にも戦争体験記の朗読番組(ポッドキャスト)を企画、制作し始めたところです。御プロジェクトに一賛同人として加えていただければ幸いです。

澤村 和世 (「原発いらん!下関の会」代表)

佐原  伸 (法政大学大学院情報科学研究科専任講師)

重信 房子 (10・8羽田闘争参加者)

七堂 眞紀 (弁護士)

品川  徹 (俳優)

篠原美樹子 (年金生活者)

島  利行

島上  實

島津 恒敏 (小児科医)

島本 慈子 (ノンフィクションライター)

清水 靖久

志村眞佐人 (映像ディレクター)

下河辺和彦 (弁護士)

白鳥 紀一

白鳥 永興 (駿台予備学校講師)

城  英敏 (税理士)

城田じゅんじ(アイリッシュ音楽家)

新郷 啓子 (翻訳業、スペイン在住)

新谷のり子 (歌手)

杉本 由夏 (主婦)

杉本 忠身 (予備校講師)

鈴鹿光四郎 (大手前高校卒業)

鈴木 道彦 (フランス文学者)

「第1次羽田事件」は、私にとって忘れられない大きな出来事です。山﨑君を虐殺した警察はもとよりですが、それを何の証拠も示さずに手放しで追認したメディアの態度は、許しがたいものでした。現在の権力とメディアが、当時をはるかに上まわる危険なものになっていることは言うまでもありません。これに抵抗するためにも、このプロジェクトは是非とも実現させたいものです。

鈴來 一成 (大手前高校・京都大学同期生)

鈴木 基司 (医師)

住沢 博紀 (日本女子大学名誉教授、京都大学同窓生)

関谷 興仁 (朝露館館主)

添田  馨 (詩人・批評家)

空野 佳弘 (弁護士)

【タ行】

代田 道子 (故人、大手前高校同窓生)

鯛中 千枝 (大手前高校同期生)

高垣 芳榮 (大手前高校同窓生)

高口 英茂 (年金生活者)

高須 次郎 (緑風出版代表取締役)

高谷 唯人 (予備校講師)

高野 博三 (元北海道大学ベ平連、半導体工学技術者、工学博士)

高橋  公 (プロジェクト猪代表)

高橋 知文 (「週刊金曜日」杉並・世田谷読者会会員)

1967年10月8日の2週間後だったと思う。中央線荻窪駅北口で山﨑君虐殺抗議の街頭宣伝が行われており、署名・カンパを呼びかけている女子学生と話をした。「新聞は学生の運転する装甲車に轢かれたと言っているが、そうではないんです! 警察に殴り殺さ れたのを、私たちの仲間は見ているんです!」と、その人は話した。当時中学2年生だった私は生まれて初めて署名をし、10円をカンパした。私の原点である。

髙橋 寿臣 (元東京教育大生、反天皇制運動連絡会)

私は山﨑博昭と誕生日も近い同年齢で、同じ年度に大学に入学しました。出身も大阪に近い和歌山です。そしてあの日、私も羽田弁天橋にいました。彼が亡くなった時、たぶん、十数メートルぐらいしか離れていないところにいたはずです。今に至るその後の私の生き方を決めた出来事でした。記念文集には、その日と若干のその後の私について書きたいものだ、と思っています。

高橋 茂樹

高橋夢千代 (津軽三味線奏者)

高橋 武智 (元ベ平連・ジャテック[反戦脱走米兵援助日本技術委員会])

瀧  克則 (詩人)

滝谷美佐保 (主婦)

竹内 芳郎 (故人、哲学者、「討論塾」主宰)

竹内 治男

竹中  均 (大手前高校同期生)

田島 正樹 (元千葉大学教授・哲学者)

1967年10・8の次の日、当時高校3年であった私のクラスで、国語の教師が授業で山﨑博昭の行動を批判したとき、学友が突然授業ボイコットをして退出したり、教師への反論が百出したり、騒然としたことを記憶してゐます。私自身は、その日からカバンにヴェトナム反戦のゼッケンをつけて登校するやうになりました。誰しも、何かせずにはゐられないやうな心境だったと思ひます。

田尻 和夫 (京都大学同窓生)

田尻世津子

田中 佑雲 (書家)

田部圭史郎 (駿台予備学校講師)

谷  民子 (無職、91歳)

谷池  洋 (弁護士、大手前高校同期生)

谷川 淑郎 (余市協会病院顧問)

丹治 初彦 (弁護士)

趙   博 (歌劇派芸人)

辻田 之子 (金城実事務局)

辻本 壽代 (大手前高校同期生)

土田 正昭 (講師、10・8羽田闘争参加者)

土屋  翼 (国賠ネットワーク代表世話人)

寺沢 武史 (当時、高校3年)

翌朝、東京の青い空の下、高校への通学路の町並が、澄んだ空気が、何かが始まる予感を……。教室に入っても何か落ち着かない。何時間目か、誰かが突然、先生も昨日参加してたんでしょう! と声を上げた、ざわめく教室、そしてその瞬間が私の生き方を決めた。無関心と無知な自分がゆっくりと歩き始めた。 /右派系メディアがよく、組合が、偏向が、左翼が……との主張を繰り返してますが、何も感じ取っていない、知性のかけらさえ見受けられない、ただの意味の無い記録文字です。当時17歳の私の人生を変えたのは、思想とか宣伝扇動ではありません。羽田の橋で起きた学生と青年労働者の、あの生き様でした。 /書物でも演説でもなく、10・8の行動が一人の高校生を変えたのです。 /そして今も国会前に集い、たとえ死んでも心は樺さん山崎さんと一緒です。 (2016/6/15 思いを込めて)

寺田 道男 (反戦・反貧困・反差別共同行動in京都 事務局長)

當間 實光 (歌人)

徳永  進 (医師)

徳山 康子

戸田ひさよし (門真市議会議員、74年阪大入学・黒ヘル)

「ジュッパチ・ハネダ闘争」は1974年阪大入学入寮の私にとっては「鴻池寮の先輩の武勇伝」として聞きましたが、「自分が小学6年生の時の出来事」であって「隔世の感」を感じると同時に、「日本の左翼運動史を画した歴史的で偉大な闘い」だと受け止めました。 /「日本では反権力民衆闘争を闘った先人のモニュメントが余りにも少な過ぎる」というのが、阪大寮闘争をくぐって「世界社会主義革命左翼」となって活動を続けてきた私の問題意識としてあるので、このモニュメントを羽田現地とベトナムに設置する事に全面的に賛意を表します。羽田での山崎君の死とボリビアでのゲバラの死が共に1967年10月8日であった事(ゲバラは8日に捕えられ、9日に殺された)に思いを馳せつつ「帝国主義打倒!」の誓いを新たにします。

土橋 涼子

土肥 輝夫 (米軍×バンドレーダー基地反対京都連絡会)

冨塚 元夫

豊岡 正弘 (プロジェクト猪事務局長、税理士)

鳥口  恵 (家庭教師)

鳥口 静雄 (年金生活者)

【ナ行】

内藤  酬 (予備校講師、京都大学同窓生)

中井  晨 (大手前高校同窓生)

長岡 基浩

中川 瑞代 (弁護士)

永嶋 靖久 (弁護士)

中條 宗彦 (大手前高校同窓生)

中田  英 (当時は高校生)

中谷 俊雄 (大手前高校同窓生)

長沼 節夫 (ジャーナリスト、元京都大学新聞編集員)

中野 博行 (小児科医、大手前高校・京都大学同窓生)

中原 一榮 (介護ヘルパー)

中道 武美 (弁護士、大手前高校同窓生)

中村  順 (日大全共闘農獣医学部闘争委)

中村  充 (元北海道大学全共闘、大手前高校同期生)

中村 光一

名古屋学院大学吉川勇一ゼミ卒業生 (プロジェクトZ会幹事)

中山 千夏 (作家)

永吉 盛元 (弁護士)

行木 紘一 (内科医、元医科歯科大全共闘・青医連)

一連の日々を共有した一人として、限りなく不本意な今と対峙する日々から、連帯の挨拶を送ります。

成岡 卓翁 (建築設備士)

私も蒲田のデモに――。佐藤訪米阻止のデモに参加するため、大阪から蒲田に行きました。過剰いや異常と言える警備で、私も逮捕されたり、負傷させられたり、ひょっとしたら私が殺されていたかも知れません。国家権力の暴力を憎みます。

成澤 宗男 (週刊金曜日編集部)

鳴戸 達雄

10・8の山﨑さんの死に衝撃を受けて、11・12第2次羽田闘争に参加しました。山﨑さんの「生きる姿勢の意志表示」は民主主義の原点です。彼の死は多くの人々の生き方に影響を与えました。

西尾 成子 (元日本大学教員)

西川  哲 (大学教員)

西川 牽造 (会社役員)

西澤 利朗 (大学教員、10・8羽田佐藤訪ベ実力阻止闘争・首都高速羽田線別動隊)

西村 秀樹 (ジャーナリスト、近畿大人権問題研究所教員)

新田 克己 (予備校講師)

野家 啓一 (東北大学名誉教授)

信田さよ子 (原宿カウンセリングセンター所長)

【ハ行】

橋野 高明 (牧師・大学研究員、元兵庫高連)

10・8ショックで民青同盟員を辞め、以後、各地の現地闘争に参加しながら、高校全共闘として県下の高校生と兵高連を創るなどして、ただひたすら山﨑さんの後を追ってきました。その思いは今も変わりません。いや、新たな戦時体制下の今日において、集会やデモに参加する度にその危機感は強まっています。現代日本の社会運動史を研究する者の一人として、若き学生達に、60・70年代の闘いの姿をその意味と限界を含めて「正直」に伝える責務が私たちにはあります。警察庁記録によれば、1967年10月から70年6月までの2年9か月の間だけでも、デモ参加者は1873万8000人で、そのうち逮捕者は2万6373人となっています。今日、この数字すら私たちは正確に記録していません。今回の10・8山﨑博昭プロジェクトが、60・70年代の闘いを伝承するその一助となることを祈っております。私も微力ながらお手伝いいたします。

橋本  保 (研究者)

橋本 康介 (関大校友連絡会[元関大全共闘一員])

敗北という言葉が示しているのか、失意の負け犬は北へ向かうというのが「お約束」か? 1967年初夏、高校を出て2年目の当てなし青年(いや、少年と言うべき精神年齢だった)は大阪から逃げ、北へ向かい、自動二輪免許を身元証明に札幌のパチンコ屋に住み込んでいた。13~4時間労働の果てに眠りこけるだけの、夢も目的もない薄給生活。同年秋、明日の無い今日を生きる8人の平従業員が雑魚寝する、パチンコ屋2階の大部屋で、ふと観たTVニュースが、羽田の出来事を映していた。パチンコ屋で会った在日のマネージャーの人柄と大部屋で観たTVニュース。二つが、ぼくのその後を決定した。大阪へ戻り、遅れて受験勉強をし、翌68年、ぼくは大学に入学することになる 。

橋本 恭子 (京都大学同期生)

秦  勝彦

服部 良一 (元衆議院議員)

花崎 皋平 (哲学者)

花山多佳子 (歌人)

早川 義輝 (会社役員)

林   郁 (作家)

林  良夫 (徳島大学名誉教授)

早瀬 成子 (非核と9条で世界の平和を・土井たか子さんの志を継ぐ会in神戸)

原  秀介

原田 誠之 (大学非常勤講師、10・8羽田闘争参加者)

原田和嘉子 (大阪府立大手前高等学校教諭)

半田 正樹 (経済学徒)

火置 敏彦 (会社員、大手前高校同窓生)

樋口  徹 (学童保育指導員)

人見ジュン子 (ギャラリーヒルゲート代表)

日野  豊 (会社員、10・8羽田闘争参加者)

ピョンヤンかりの会

平岡 常男

平田 豪成 (学校経営者)

廣瀬 幸一 (カイロプラクティック施療院代表)

弘中惇一郎 (弁護士)

深見 保子 (大手前高校同窓生)

福井 紳一 (駿台予備学校講師)

福岡 安則 (社会学者、元東大全共闘)

福島 勝彦 (大手前高校同窓生、京都大学同窓生)

福島  肇 (元高校教員、科学教育)

福島 弘子 (宗教団体員)

福田 綾子 (地域に自然エネルギーを)

福田 隆博 (宝塚市在住)

福武 公子 (弁護士)

福光 俊一

藤森 正芳 (マンション清掃兼務管理員、京都大学同窓生)

舩冨 光治 (弁護士)

船曳 建夫 (東京大学名誉教授)

舩山 和夫 (元立命館大学全共闘文学部闘争委員会)

冬木  圭

ヘミング味岡

細田 伸昭 (声なき声の会)

堀   傑 (水俣ほっとはうすを見守る勝手連)

堀内 隆治 (下関市立大学名誉教授、元下関市立大学学長)

堀北 哲也 (大手前高校同窓生)

堀之内洋一 (鹿児島高校生共闘会議書記局[1975年])

【マ行】

マイペット (大学院生)

前田 年昭 (灘高校を中途退学し下放、歴史家《東亜文字組版研究》)

前田 裕司 (弁護士)

前田 和夫 (無職、元関大生)

前田 勝幸 (元ラジカル懇談会所属・介護福祉士)

牧田満知子 (大學教員)

山﨑さんの事件は、当時美術大学への進学を考えていた私を、法学部へと志望転換させるきっかけとなりました。多くの若者が山﨑さんの「死」に、国家権力に対峙する自分の姿を重ね合わせ、憤り、そして慟哭しました。そうした意味で山﨑さんの「死」は個人的な「死」ではなく、象徴としての「死」だと言えるでしょう。「一粒の麦もし落ちて死なずばただ一粒にてあらん、もし死なば多くの実を結ぶべし」という聖書のことばはこういう事を意図していたのかと今しみじみと思いを馳せているところです。

増田 博光

「激動の7ヶ月」を共に生きたものとして、感謝に堪えません。

増村 聡雄 (自治労葛飾区職労再雇用・再任用職員協議会事務局長)

松浦 愚明 (浄土真宗本願寺派 僧侶)

松浦たづ子

松岡 利康 (鹿砦社代表)

松影 憲三 (医師)

松木弥栄子

松田 健二 (社会評論社代表)

松平 直彦 (10・8羽田闘争参加者)

松竹安輝子 (ピアニスト)

松竹龍之輔 (金融エンジニア)

松見  俊 (大学教授)

松本 恵久 (無職)

真鍋 祐子 (東京大学教授)

丸山 輝久 (弁護士)

丸山 欣也 (特定非営利団体代表)

三浦 俊一 (釜ヶ崎日雇労働組合副委員長)

私は現在大阪釜ヶ崎に住んでおります。66年大学入学と同時にベトナム反戦運動に参加し二度の羽田を含めて恐らく全ての闘いに参加したのでしょう。東大安田では籠城逮捕者28名を出し、後に逮捕された時に「お前みたいな三流大学が東大に何んかに行くんじゃないよ」と嘲笑された事を覚えています(笑)。 今はこの街のおっちゃん達と反原発、反戦、反基地、反貧困を楽しく闘っています。 もう一つの顔は関東学院大学全共闘議長でしたが、昔の名前より今の釜日労で肩書を書き込みました。

三浦 治義 (会社経営)

三上 弘志 (元教育労働者)

三上 修司 (NPO法人Meet the Smiles 地球の笑顔と出会う会 代表)

三崎 健二 (京都大学同期生)

偉大な芸術家・科学者は、人種・民族を超えた世界の人々に幸福をもたらし、時を超えて人類に貢献します。反対に、最近世界的な趨勢となりつつある「極右政治家に主導される政権」は、他人種・他民族を攻撃し、自国のナショナリズムを煽り、排外的な人種差別・民族差別を助長すると共に、弱肉強食の野蛮な世界に、国民を巻き込み、結果、国民に災厄をもたらした歴史を私達は何度も見てきました。 その災厄の最たるものが戦争であり、戦争の本質は、国家による殺戮・虐殺という最大の国家犯罪です。そして、戦争の原因は、他国の領土を攻め入るという「侵略」に他なりません。まさに当時のベトナム戦争は、アメリカによる「侵略」戦争であり、日本が加担するのを阻止しようとしたのが、10・8羽田闘争でした。  あれから約半世紀を経た今、本当に山崎さんの遺志を継承出来ているのか、日本国民全員がその生き方を問われています。『日本国民は、「極右政治家が主導する政権」の目くらましから覚醒出来るのか』が問われています。

水田  洋 (社会思想史学者)

水野 行範 (高校教員)

三角  忠 (編集工房 朔 代表)

南   悟 (関西大学非常勤講師)

三橋 俊明 (文筆家・『日大闘争の記録―忘れざる日々』編集人)

三森 義道 (「置文21」同人)

宮入 一雄 (自営業)

宮崎 敏子 (大手前高校同窓生)

宮田 善光 (大手前高校同窓生)

宮本 弘典 (関東学院大学教員)

宮本 隆司 (写真家)

宮本 孝二 (北野高校68卒・阪大文73卒)

宮本  皐 (大学院生)

宮本なおみ (さよなら原発@めぐろ)

三好 龍孝 (日蓮宗本澄寺住職)

趣意書には大きな異和感がありますが(連合赤軍事件、その他、中核・革マルの殺し合いも含め、もっと多くの死者を対象とすべきである。その出発点が 山﨑君)、賛同します。

向 千衣子 (大手前高校同級生)

武藤 一羊 (ピープルズ・プラン研究所運営委員)

村上 憲郎 (元グーグル米国本社副社長兼日本法人代表取締役社長、京都大学同窓 生)

村上 光道

あれから50年近く経ちましたか。あらためてあの日の衝撃を思い起こしました。戦争に反対する意志表示をするために弁天橋の上に立っていた山﨑博昭氏の死をいたみます。わずかなことしかできませんが、「わたしたちはここで泣く!」プロジェクトに賛同させていただきます。

村松 和行 (自営業)

望月 逸子 (詩人)

諸泉 利嗣 (大学教員)

【ヤ行】

矢島 道子 (科学史家)

安田  宏 (元都立上野高校社会部)

八隅 行平 (年金生活者)

山賀 康弘

山口研一郎 (医師、現代医療を考える会代表)

山口 幸夫 (原子力資料情報室・共同代表)

山口 淑子

山崎 昌子 (日本消費者連盟関西グループ世話人)

山地 政司 (会社役員)

山田 昭次 (歴史研究者)

山田  真 (小児科医)

山田 純一 (元芝浦工業大学生)

山田 孝雄 (予備校講師)

山田  徹 (神奈川大学元教員)

山之内正彦 (無職)

山端 伸英 (思想の科学研究会会員、元アソシエ21会員)

山村 貴輝 (考古学研究者、日本大学全学共闘会議)

1967年10月8日当時、私は高校生で、テレビで三派全学連の羽田闘争を観戦していた。翌日高校で仲間と「犠牲者を出してまでどうして闘うのか」と議論をした。それを契機に、高校の生徒会の役員で、「社会は安定している必要がある。そのためには秩序が必要だ」という持論を有していた私が、内面から変わった。そして高校民主化闘争をバネに、68年王子野戦闘争に決起し、68年11月7日騒乱罪粉砕!首相官邸包囲突入闘争で初めて不当逮捕される。その後の私の人生の出発点が10・8闘争である。

山本 博樹

山本 光子

山本  望 (故人、大手前高校同期生)

山本美智代 (前衛美術作家、大手前高校同窓生)

山本 信三

山本美知子

湯浅 欽史 (狼再審研究会)

養父 知美 (弁護士、大手前高校同窓生)

横山  立 (元共同通信論説副委員長、京都大学同窓生)

横山  伸

横路征太郎 (医師)

吉川 勇一 (故人、平和運動家、元ベ平連事務局長)

「10・8山﨑博昭プロジェクトの趣意書」を拝見いたしました。皆さまのご努力、ありがとうございます。小生の生活はかなり厳しくなってきておりますが、ことは山﨑博昭さんのことですし、また、山本(義隆)さん、水戸(喜世子)さん、最首(悟)さんらのご努力のことで、これにはぜひともご賛同させていただきます。僅かですみませんが、お世話をよろしくお願いいたします。 草々 2015年5月22日 [本文一部略。( )内は事務局で加筆しました。]

吉川  良 (平和憲法守る会)

吉田  隆 (反核・反戦イロハネット主宰)

吉高  叶 (牧師[プロテスタント])

吉鷹美智代 (大手前高校同窓生)

吉野 良平 (元反帝学評)

吉原 健治 (大手前高校2年6組同級生)

吉村 隆治 (京都大学同期生)

米澤 鐡志 (原爆被害体験証言者)

米田 隆介 (明大土曜会・世話人)

米山 寛二 (兵庫県立大学名誉教授)

【ラ行】

漁野  亨 (縮小社会研究会会員)

【ワ行】

脇田 愉司 (津市立三重短期大学非常勤講師)

和久田 修 (弁護士)

和田  伸 (未来を紡ぐ志民の会・種子島)

和田 春樹 (元大泉市民の会代表、歴史家、東京大学名誉教授)

渡辺 春充 (医師)

渡辺  博 (弁護士)

渡邉 充春 (歯科医師・わたなべ往診歯科)

渡辺 茂樹 (動物学者)

「遥かなる遠い昔の全共闘忘れた文字をいま思い出す」「我が母校京都大学最早無し今其処在るは残骸なりき」「戦場に果てし兵士の亡霊よいま甦り安倍晋を討て」……山崎さんの霊にも甦って貰いたい。でもその為には我々が努力せねばなりませんね。/私事ですが、私はブログをやってます。タイトルは「渡辺茂樹のいたちものがかり」。何時か山崎さんのことも書きたい。同じ大学で同学年ですが学部が違い、面識は全く無かったですけど…。



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