水戸喜世子さん、池田知隆さんにとって10・8羽田とは…(毎日新聞)
「『10・8ショック』が人生の分かれ道だった」
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2017-11-28毎日新聞
毎日新聞が10・8羽田闘争50周年に当たって、「10・8羽田闘争と山﨑博昭の死」を大きく取り上げました(11月28日、大阪本社版)。「ベトナム反戦デモ 学生が犠牲に」という見出しがつき、「不穏な時代ただす鏡」という単刀直入で印象的フレーズがメイン見出しに立てられています。
記事は、当10・8山﨑博昭プロジェクトのこの3年間の活動がていねいに紹介されています。
そして、1967年10・8羽田闘争当時に救援会を立ち上げた、発起人の水戸喜世子さんの聴き取りが記されています。さらに、当プロジェクト関西運営委員会の池田知隆さん(大阪自由大学理事長・ジャーナリスト)の歩みが紹介されています。その中で、池田さんは「『10・8ショック』が人生の分かれ道だった」と語っています。お二人の人生の軌跡は、感銘深いものがあります。
この間、10・8羽田闘争と山﨑博昭君の死をずっと心に刻み込んできた人々が次々とメディアで取り上げられ、そのそれぞれの人生が広範な人々に読み、語り伝えられています。こうして「10・8」が歴史にしっかりと記録され、印象深く記憶されています。この流れをさらに太く、長くしていきたいものです。
皆様の一層のご協力をお願いする次第でございます。