人間はウイルスと共生関係をつくれるか/渡辺茂樹

賛同人の渡辺茂樹さんが山本義隆さんの「コロナとオリンピックに思うこと」(当サイト掲載)を読んだ後、「人間はウイルスと共生関係をつくれるか――野生動物世界の視界から考える」という一文を寄せられたので、掲載します。コビッド19問題に向き合っている中で、大変示唆に富む論稿です。(10・8山﨑博昭プロジェクト事務局)

人間はウイルスと共生関係をつくれるか――野生動物世界の視界から考える

渡辺茂樹(動物学者)

●野生動物の生存とウイルス

 野生動物世界にもむろん疫病はある。だがそれがパンデミックにまで至る例は、案外少ないのではなかろうか。そしてその少数例には、「人為」が関与するのではないか? そのようなことを、ふと考えた。

 ちなみに、パンデミックは「感染爆発」の意味だが、よく似たものとしてエピデミックという語がある。相対的に前者は大規模で、後者は小規模だ。だがその境界は明確ではない。そしてエピデミックという語は、世の中に普及していない。よって此処ではエピデミックの語は使わず、全てパンデミックで統一する。

 真っ先に思ったのは、オーストラリアのアナウサギ移民集団におけるミクソーマウイルスのパンデミックだ。そして次に気づいたのは、ニホンオオカミにおけるジステンパーウイルスのことである。いずれも「人為」が絡む。前者は数が激減したが回復し、後者はそれが叶わず絶滅した。

●アナウサギに人間がミクソーマウイルスをばらまいた

 まずアナウサギのこと。英語でEuropean rabbitと呼ばれるこの種は、群れ生活者だ。現在オーストラリアの南半分とニュージーランド全域、それと南米大陸の南端と日本の小島嶼に外来種(つまり移民)として分布する。オーストラリアでは英国移民の大地主某により24頭(性比不明)が持ち込まれ、リリースされた。故郷での兎狩りの快楽を、再現したかったのだという。

 ヨーロッパには、アナウサギを食べる捕食者が少なくない。餌資源も十分とは言えぬ。だが新天地オーストラリアには目立った捕食者はおらず、広大な草地環境は豊かな餌資源を提供した。それでアナウサギは、増えに増えた。1940年には、8億頭に達したという。この8億という数字の信憑性はやや疑問だが、膨大な数であることは間違いない。その結果農業被害が多発し、オーストラリア在来の貴重動物の生存が脅かされた。

 それでオーストラリア政府は「駆除」に乗り出す。射殺や罠捕獲を広域的に行うが、成果は上がらない。アナウサギは動物生態学の用語で言うところのr戦略者(内的自然増加率大)なのだ。それで改めて採用されたのは、悪魔のような手法だった。アナウサギに致死性大の(人間には感染しない )、ミクソーマウイルスをばらまいたのである。具体的には生け捕りした個体を感染させ、発病の前に群れに戻したのだろう。その結果パンデミックが起こり、アナウサギの個体群は95%が壊滅した。

 日本の総人口1億2000万人が、一挙に600万人に減ったようなものだ。東京都の総人口1400万人ならば、70万人になったようなものである。10万頭あたりの死亡個体数は、9万5000頭だ。ちなみにCOVID-19で死んだ東京人の数は、10万人あたりでは約1人に過ぎない。野生動物のパンデミックでこれだけの被害が出た例は稀だろう。そしてこの事象は、明らかに「人為」の所産なのだ。

 ミクソマトーシスとも言われるこのDNAウイルスは、1896年に南米のウルグアイで発見された。ワタオウサギが宿主で、このrabbitはアナウサギとは系統がかなり異なる。そしてミクソーマウイルスは、ワタオウサギ世界で散発的に発生して死に至らしめる。だがパンデミックは引き起こさない。宿主を全滅させたらウイルスも行き場を失うから、個体群に致命的な被害を与えないのだ。だがオーストラリアのウイルス学者は考えた。アナウサギとワタオウサギはDNAがかなり違い、そしてアナウサギはミクソーマウイルスと初対面だ。だからこのウイルスはアナウサギに対して個体群レベルで「効く」のではないか? その仮説をもとにしての、蛮行だったのだろう。

 このウイルスの伝播は吸血昆虫(主にノミ)を媒介にして行われる。病原体はウイルスではなくて細菌だが、人間世界におけるペストのパンデミックに似る。ペストが人口密集地の都市で蔓延したように、群れ生活者のアナウサギはパンデミックの物理的条件も備えていたのだ。同じ兎類でも単独生活者のhare(例えばニホンノウサギやエゾユキウサギ)なら、このようなことは起こらなかっただろう。

●絶滅の危機から生き残ったアナウサギ

 だがアナウサギの移民集団は屈しなかった。生き残った5%がウイルスに対する抵抗性を獲得し、やがて個体群はほぼ元に復した。獲得形質は遺伝しないから、「たまたま抵抗性のある遺伝子を持つ個体のみが生き残り、その子孫が新しい個体群を形成した」ということだ。r戦略者のアナウサギだからこそ、成し得たことかもしれない。

 オーストラリアのウイルス学者はそれでも懲りずに、1996年から別のウイルスをまき始めた。1本鎖のRNAウイルスであるカリシウイルスだ。ノロウイルスと近縁のこのウイルスは、エンペロープ(被膜)を持たない。なのに何故か強靭で、物理化学的抵抗性が強い。それでアナウサギは再び減り始めたが、その減り方はミクソーマウイルスをまかれた時ほど劇的ではないようだ。現在状況はよくわからぬが、ウイルスとの共生が成立したのではあるまいか?

 ならば此度は一応「成功」になるかもだ。だが私は思う。ウイルスを舐めない方がよい。現代科学はウイルスの生理と生態を未だ十分には知り得ていないのだ。兎の体内で変異したウイルスが、やがて人間に襲い掛かかることも有り得る。生物兵器として開発されたHIVが漏れ出て広がり、パンデミックを引き起こした例もある。HIVは40年間の累計で、全世界に4000万人もの感染者を出した。このウイルスはCOVID-19と違って致死性が大だから、おそらくその半分以上が死んでいるだろう。

●ウイルスがニホンオオカミ絶滅にかかわっていた

 オーストラリアのアナウサギはミクソーマウイルスに負けなかった。だが負けて絶滅した種もある。それはニホンオオカミだ。公式にはヨーロッパオオカミと同じ種とされているが、私は日本固有の独立種の可能性が大と思う。

 ニホンオオカミを絶滅させたのは、「維新」の後に異国から流入したジステンパーウイルスであるという説が有力だ。ミクソーマウイルスと違って意図的導入ではないが、このケースも「人為」である。ジステンパーウイルスは一本鎖のRNAウイルスで、飛沫感染と接触感染により広がる。吸血昆虫は関与しないが、やはり群れ生活者において蔓延し易い。そしてニホンオオカミは、季節(冬)的群れ生活者であったのだ。

 ニホンオオカミにおけるジステンパーウイルスのパンデミックは、それ「のみ」が絶滅の因ではないとする説もある。この種はアナウサギと違ってK戦略者(内的自然増加率小)だから、縮小した個体群は(集団免疫を獲得した後も)回復しづらい。だが「罠捕獲による駆除」というダブルパンチがなかったら、あるいは回復したかもしれない。けれども罠捕獲の個体群への圧力は大だった。「維新」後に勃興した畜産業に仇なすものとして、ニホンオオカミは目の敵にされたのである。

 野生哺乳類におけるパンデミックの例としてはもう一つ、ペスト細菌によるクマネズミの大量死のことが上げられよう。カミュの「ペスト」で有名になった。ただ14世紀にヨーロッパでペスト細菌のパンデミックが起きた際には、「ネズミも沢山死んだ」と記してある文献は存在しないようだ。カミュは自分で見たわけではないだろう。それは本当にあることなのだろうか?

 ペスト細菌は本来、アレチネズミ類につくノミが本来の宿主である(らしい)。アレチネズミ類とはハムスターやスナネズミを含む系統で、この類ではパンデミックは起きてない(ようである)。ところが何らかの「人為」が原因で、そのノミが人家を好むクマネズミにもつくようになった。そのクマネズミが14世紀にヨーロッパに侵入し、ヒト世界でパンデミックを引き起こした。そしてクマネズミも(アレチネズミ類と違って)ペスト細菌に対する免疫を持たなかったため、大量死した…というストーリーが、一応考えられる。

 だが「大量死」がどの程度の規模なのかは、判然としない。人間の目にはそのように見えても、個体群レベルでは微々たるものではあるまいか? パンデミックとまでは、言えないのではないか? なにせクマネズミは、r戦略者なのである。

 以上は哺乳類でのことだ。以下は、それ以外の動物について記す。

●カビが両生類のパンデミックを引き起こした

 鳥インフルエンザウイルス(H5N1)はどうであろうか? このウイルスは本来ガンカモ目の野鳥を宿主としていて、それとの間には共生関係が成立している。だがキジ目のニワトリにshiftしたウイルスは変異して殺傷力を増し、この鳥にパンデミックを引き起こした。それが改めて野鳥に「戻った」のだが、野鳥世界ではパンデミックは起きてないようだ。野鳥のガン・カモ類も季節的群れ生活者だが、その季節である冬も個体間距離は案外大だ。濃厚接触はあまりしないゆえに、感染拡大が起きにくいのである。

 両生類におけるパンデミックは、多くの種を絶滅させだ。ただその病原体はウイルスでも細菌(バクテリア)でもなしで、菌(カビ)だ。カエルツボカビという和名で呼ばれる1属1種のspeciesである。

 このカビは両生類の皮膚に寄生し、硬タンパク質のケラチンを分解して栄養とする。水虫こと白癬菌と似た生活様式だ。白癬菌で人間は死なないが、両生類にとってこのカビの寄生は命に関わる。かれらは肺の機能が弱い故(中には完全に退化している種もあり)、皮膚呼吸に多くを頼っている。感染すると、その機能が十分に果たせなくなるのだ。

 両生類は面積あたりの密度が大のように見えても、群れという社会構造を普通は形成しない。冬の水鳥と同様に、個体間距離は案外ある。だがカビは胞子生殖のゆえ、感染力が大だ。個体間の接触が無くても、水を媒介して感染が広がりうるのである。

 そしてこのカビは世界各地の両生類でパンデミックを引き起こし、少なくとも200種がダメージを受けたという。そして約90種が絶滅したとのことだ。その中には、有名なイブクロコモリガエルが含まれる。雌は繁殖期には絶食して胃液の分泌を止め、体外受精した卵塊を飲み込む。受精卵は胃袋内で孵化してオタマジャクシになり、更に変態して子蛙になる。それが母親の口から次々と飛び出すのだ。この珍なるカエルが1983年に絶滅したのは、カエルツボカビのせいだとされている。

 だが異説もある。カエルツボカビは確かに大きなダメージだったが、絶滅因のメインは環境破壊だという。文献を見てないので、真偽の程はよく分からない。だが少なくとも、環境破壊という「人為」がダブルパンチになったのではと思われる。ニホンオオカミの絶滅の因に似て、だ。

●アジアの両生類はカエルツボカビと共生している

 日本でも近年は、両生類各種の減少傾向が著しい。けれどもそのことにはカエルツボカビは全く関与せず、環境破壊のみが因と考えられる。日本にもカエルツボカビは分布するが、発症例が無いのだ。つまりパーフェクトな共生関係が成立しているらしい。この興味ある事実は、五箇公一(国立環境研)と麻布大学病理学研究室のグループによって発見された。

 五箇らによれば、オオサンショウウオには特異な遺伝的系統の菌が寄生しているという。100年以上も前の標本にも、その痕跡が認められた。そして現在の野生の個体群は、約40%の感染率だ。けれども発症率は0%なのである。

 アマガエルやヌマガエル等の普通種では感染率も低く、1%以下だ。感染率が最大であるのは沖縄の(かの地では普通種である)シリケンイモリで、その値は80%にも及ぶ。けれどもやはり、発症率は0%である。なお、シリケンイモリに寄生する菌の遺伝的多様性は最大である。

 そして次は、韓国や中国等の近隣アジア諸国の両生類も調査した。結果は「全体に感染率は数%と低く、大量死も起きていない」であった。これらの成果を踏まえて五箇らは「カエルツボカビ・アジア起源説」を唱え、2009-10年に国際学術誌に発表した。そしてカエルツボカビが世界各地でパンデミックを起こした理由は、アジアからペットとして(多くは非合法に?)輸出された個体がその国で野外に流出したからだろうという仮説を述べた。アジア以外の国の両生類は、カエルツボカビに対する免疫を持たなかったのだ。

●人間は病原体との共生関係が十分ではない

 この仮説が真なら、それは「COVID-19がアジアにおいて致死率が低い」理由(の仮説)に似てなくもない。アジアにおけるCOVID-19は未だ「共生」の段階には至ってないが、欧米諸国よりはそれに近づいていると言えるかもしれない。なおこの仮説の詳細は、私のブログ「渡辺茂樹のいたちものがかり」の第171話で述べた。それと本稿で述べたことの多くは、同ブログの第173と第175話をアレンジして合わせたものだ。この2話も一瞥して頂けると幸いである。
◎ブログ/渡辺茂樹のいたちものがかり:https://ameblo.jp/itachiaswat/

 結論的にいま思うことを雑駁に記す。
 野生動物の多くは、病原体(ウイルス・細菌・菌など)との共生関係が成立している。換言すれば、それが成立しなかった種は生き残れなかったのだ。然るに人間は、ウイルスなど病原体との共生関係が十分ではない。つまり、自然から「浮いている」のだ。その状態が続く限り、今後も病原体のパンデミックは我々を悩ますだろう。

補記:
 私は山﨑博昭とは京大の同期ですが、学部が違った。そして中核派でもなかったので、接点は全く無い。だから私は、彼が”なにを語るか”をイメージすることはできません。中核派だった(同じ学部の)友人は「墓参りには行きたい」と言っていたけど、その後に脳梗塞で倒れてしまった。

*山﨑が此の世に在りせばなに語る今壊れゆく我らが祖国

2020年5月15日
(わたなべ・しげき)



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