「黒い雨」訴訟の経過と判決の歴史的意義を考える/水戸喜世子
【註】いわゆる「黒い雨」訴訟で、原告側の全面勝訴が最終的に確定しました。
昨年7月、広島地裁は同訴訟の原告側全面勝訴を出しました。今年7月14日、広島高裁(西井和徒裁判長)は、その一審判決を支持し、原告側全面勝訴となりました。当初、国側は広島県および広島市にたいして上告を要求していたものの、7月26日、菅政権として上告断念を決定しました。同月28日の上告期限を待たずに、広島県内の84人の原告全員が被爆者と認定され、被爆者健康手帳が交付されることとなりました。
この画期的な判決とそこにいたる原告団・支援者のたたかいについて、当プロジェクト発起人の水戸喜世子さん(十・八羽田救援会、子ども脱被ばく裁判の会共同代表)が執筆された論考を転載します。
10・8山﨑博昭プロジェクト 事務局
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▲控訴審判決日、広島高裁に向かう原告団 ▲高裁判決の全面勝訴を喜ぶ支援者たち
(いずれも7月14日午後)
▲写真左から水戸喜世子さん、高野正明原告団長
コメント
書き終えた後で、28日の抗告期限を待たずに菅談話が発表されました。菅が言っていることは単なる政治判断で収まることではありません。
原爆投下以来、一貫してABCCの調査を根拠にして、内部被ばくは無視してもいいと、黒をしろと言いくるめてきたのが、国際原子力マフィア=核企業を母体とするIAEAやICRPなどの国際機関です。被ばくによる健康影響を可能な限り小さく見せることに腐心してきた団体です。福島原発事故の後も、福島で国際会議を開いて、健康被害が大きくないと評価しました。
現実には小児甲状腺がんの多発に現れているように、現実が覆い隠されています。この現実を認めたら、核の平和利用はなりたちません。途上国は原発を買わなくなるでしょう。
判決では内部被ばくの結果が原爆病となってあらわれていると明記していますから、原爆病は認めるけど、内部被ばくは認めないということは成り立ちません。この判決が確定したことによって、世界の反核運道が一歩前進することは間違いないと思います。
「原爆と原発は同じ」――これが水戸巌の反原発の原点です(註:水戸巌著『原発は滅びゆく恐竜である』を参照)。ヒロシマとフクシマが運動の過程において繋がったことが、何より嬉しいことでした。
2021年7月27日
水戸喜世子
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「黒い雨」訴訟の経過と判決の歴史的意義を考える
水戸喜世子
経過
1945年8月6日に原爆が投下された後、広島市とその周辺地域に黒い雨滴を含む「黒い雨」が降った。原爆投下時から夕方まで広島市とその周辺に降った雨を白い雨も黒い雨も「黒い雨」と呼ぶ。70年後の2015年、「黒い雨」を経験した84人が広島地方裁判所に広島県、広島市を相手に、原爆被爆者救済法第1条第3項に規定されている「原爆投下時または原爆投下後の原爆投下による「被爆者」(以下「被爆者」とする)として認定せよ」として訴えたのが「黒い雨訴訟」である。市の窓口で「被爆者」認定を拒否されたことを不服として起こした裁判であった。そこに至る経緯については、紙数の都合で、ここでは省略する。
訴訟は22回の口頭弁論を経て昨年7月29日、広島地方裁判所は原告全員を「被爆者」と認定した。これに対して国(厚労省)は「被害区域拡大にむけての再検証をする」として1億5千万円を計上して「検討会」を立ち上げ、市・県を説き伏せ、控訴期限ぎりぎりに県・市は控訴を決定したのである。国はあくまでも参加行政庁に過ぎないので、控訴権はない。
闘いの場面は広島高裁に移った。
この一連の動きに対して、原告団は別にして、いち早く反応したのが、広島の「伊方原発運転差し止め訴訟・広島」原告団と福島原発事故の被害者がつながる組織「ひだんれん」の共同行動であった。広島地裁判決の朗報が伝わると同時に、県・市・厚労省の各機関に出向き、「控訴することなくこの判決を確定させよ!」との申し入れを行ったのである(週刊金曜日1299号に詳報)。そして、国の意向による、県と市の控訴決定に対しては、9月29日に怒りの抗議文が共同声明の形で発出され、記者会見とオンライン中継がおこなわれた。「環境中に放出された死の灰によって多くの住民が健康被害と不安に苦しんでいる事実と、政治的判断による線引きによって被害者は分断され、差別され、賠償や援護策から切り捨てられようとしているのは、75年を経た原爆も、10年を経た原発事故も同じです」と。「重い扉をこじ開けたその向こうには、84人にとどまらない数千人規模の被ばく者が救済を待ち望み、内部被ばくの認定は福島原発事故被害者にとって、命を守る手立てとして継承されなければならないのです」と訴えた。
広島高裁における控訴審は昨年の11月18日に西井和徒裁判長の訴訟指揮のもとに開始した。広島高裁の控訴審初回では、原告団長高野正明氏の意見陳述だけで閉廷した。高野氏は「この5年の間にすでに16人が帰らぬ人となり、3人が裁判を続けられなくなった。スピード感をもって判決に臨んでもらい、一刻も早く被爆者健康手帳の交付をお願いしたい」と締めくくられた。その後の進行協議の内容を竹森弁護士は報告集会で次のように伝えた。
・国がとり組む「検討会」に裁判は関与しない。
・健康被害が発生する《可能性》があったかどうかが判断枠組みであり、《蓋然性》を求めることはしない。
・裁判所は9つの項目について国側に求釈明をし、12月を提出期限とした。次回2月17日をもって、結審を目指す。
広島高裁西井和徒裁判長は審議に時間を浪費することなく、本年7月14日、控訴審の判決を言い渡した。広島地裁・高島義行裁判長が下した判決文を基本的に継承しながら、一段とリアリティを重視し、科学的に整合性のとれた完成度の高い判決文に高められた。国の定めた11の症状の有無も取り除かれた。原爆病についてはまだまだ研究途上にあるのが現状である。
この判決を受け、伊方訴訟広島原告団と福島の「ひだんれん」は、間髪を入れずに「最高裁上告断念に関わる申し入れ書」を携え、厚労省・広島県・広島市に面談をして、上告をせずに直ちに判決を確定するよう要請活動に入った(※文末に資料「申し入れ書」を掲載)。同時に増田雨域を提唱された増田善信氏ら専門家集団と原告団、弁護団13名が呼びかけ人となり、「一刻も早く判決を受け入れるように」という署名活動が開始された。市民運動の相乗効果である。控訴期限は二日後の7月28日に迫っている。
以上が経過のあらましである。
この裁判の歴史的意義について
①根拠のない「線引き」よりは個人の供述を重視したこと
「黒い雨」訴訟原告は、1945年の被ばく以来、科学的根拠のない「線引き」によって苦しみ抜いてきた人たちである。同じ不条理が福島被害者を今も苦しめている。
放射能被害の有無、濃淡は「線引き」は論外として、いまだ統一的な結論をだす段階に至っていないとして、個別の実情に耳を傾ける供述重視の姿勢で判断を導いた手法は、まさに科学的認識論の王道そのものである。その判断を根底で支えたものとして「他の戦争被害と異なる特殊な被害」としつつも、国策の犠牲者に償うという「被爆者援護法」の理念があった。
現在各地で進行中の福島原発事故による損害賠償訴訟においても、国策として推進された原発エネルギー政策の誤った安全神話の流布の中での事故でありながら、「線引き」が大手を振ってまかり通っている現状がある。
②内部被ばくを『被ばく者認定』の根拠として、正しく位置づけたこと
広島地裁判決で高島義行裁判長は「(呼吸や飲食で)体内組織に放射性微粒子が付着すると……集中被ばくが生じることで外部被ばくより危険が大きい」と指摘し、バイスタンダー効果(放射線の照射による影響を受けた細胞に隣接し,自身は照射を受けていない細胞に、染色体異常、突然変異あるいは細胞がん化等の遺伝的効果を生じる現象)、ペトカウ効果(低線量の放射線を長時間浴びせ続けると、高線量を短時間照射した時よりも合計の放射線量がはるかに小さい状態で、細胞膜が破れる現象)といった最新の知見を引用した。
広島高裁の西井和徒裁判長も「黒い雨に直接打たれたものは無論のこと、たとえ直接打たれなくても、空気中に滞留する放射性微粒子を吸引したり、地上に到達した放射性微粒子が付着した野菜を摂取したりして、放射性微粒子を体内に取り込むこと」で内部被ばくによる発症を認めた。
残留放射能は考慮しないとするABCC(アメリカが設置した原爆傷害調査委員会)を起源とする政治的意図による科学の歪曲は、広島の地から、糺されたことの意義は大きい。
③原爆被害者と原発被害者が、両手が重なりあうように、同じ思いで権利の擁護にアクションを起こしたことの意義
原爆は悲惨だが、原発は事故さえ起こさなければ有益であるという誤った認識は、日本に限らず、世界の、主に途上国で巧妙に流布されて、核企業を支えている。原発と死の灰は事故の有無に関係なく不可分であり、核戦争も原発も人類とは共存できないことをこれからも世界に発信する使命を果たしたい。
その名誉ある第一歩を自覚的な広島原爆被ばく者と福島原発被害者が踏み出したのである。
2021年7月26日
みと・きよこ
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▲水戸巌さん(物理学者、十・八羽田救援会および救援連絡センター創設者 1933-1986)の先駆的な科学的知見と思想が凝縮した1冊
※在庫あり。購読をご希望の方はお問合せフォームから「お名前」「メールアドレス」を記入、「その他のお問合せ」をクリック、「お問合せ内容」に、1.『原発は滅びゆく恐竜である』と記し、2.ご住所、お名前、電話番号、3.冊数をお知らせください。お支払方法をお伝えします。送料込み3000円です。
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水戸巌著『原発は滅びゆく恐竜である――水戸巌著作・講演集』(2014年3月刊、価格3080円[本体2800円]、緑風出版)
原子核物理学者・水戸巌は、世界中が原子力発電の夢に酔っていた時代に、いち早く専門家として原子力発電の危険性を力説し、建設反対運動の現場に寄り添い、地域を駆け巡って反対を説き、反原発運動の黎明期を切り開き、その生涯をかけて闘いぬいた。
原発推進派や御用学者たちの冷笑と中傷の中で、水戸巌は破局的事故が起きる可能性について理路整然と指摘し、周辺で生じる被害についても警告を発し続けた。彼の分析の正しさは、チェルノブイリ原発事故、福島第一原発事故で悲劇として、本人がもっとも望まない形で、ものの見事に実証された。
本書は、彼の論文・講演・裁判関連の文章を集め構成したものである。その文章の端々から、フクシマ以後の放射能汚染による人体への致命的影響が驚くべきリアルさで迫ってくる。
内容構成
まえがき 小出裕章
Ⅰ 反原発入門
17の質問にこたえる 原子力発電はどうしてダメなのか
原発はいらない
Ⅱ スリーマイル島とチェルノブイリの原発事故から何を学ぶか
働かない安全装置! スリーマイル島事故と日本の原発
TMI原発事故とBWR
チェルノブイリ原発事故の汚染規模
チェルノブイリで一体何が起こったのか
チェルノブイリ事故の衝撃 日本の原発も危険である
もし東海原発が暴走したら……
Ⅲ 原子力──その闘いのための論理
原子力発電所──この巨大なる潜在的危険性
原子力におけるエネルギーの諸問題
原子力発電は永久の負債だ
原発は原水爆時代と工業文明礼讃時代の終末を飾る恐竜である
原子力──その闘いのための論理
原子力船むつの「物理の次元」と「社会心理の次元」
Ⅳ 東海原発裁判講演記録
原発はこんなに危険だ
原発の事故解析と災害評価
チェルノブイリ原発事故と東海
あとがき 後藤政志
水戸巌に捧ぐ(1) 最も謙虚で、最も勇敢な人 武谷三男
水戸巌に捧ぐ(2) 水戸さんと私 久米三四郎
水戸巌に捧ぐ(3) 最後の思い出 高木仁三郎
水戸巌に捧ぐ(4) 水戸さんと学術会議闘争 菅井益郎
水戸巌に捧ぐ(5) オリオンは闘う 小泉好延
水戸巌に捧ぐ(6) 水戸さん、わたしは本当に悲しいよ 中山千夏
水戸巌に捧ぐ(7) 水戸様 追悼します 槌田 敦
特別寄稿
「原発は滅びゆく恐竜である」発刊に寄せて
─水戸巌と息子たち─ 水戸喜世子
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