かつての若者の正義感は今もなお健在/浜名史学

かつての若者の正義感は今もなお健在
浜名史学
ブログ「浜名史学」から転載

http://blog.goo.ne.jp/hamanashigaku/e/65c589b79a43e13bc14be79c913b8e6d

 1967年10月8日、京大生・山﨑博昭さんが警察の暴力によって殺された。新聞には、轢死という、意図的な虚報が載っていた。メディアが警察のデマを載せた。メディアの本質を垣間見せる事件でもあった。

 ベトナム戦争という、アメリカ帝国主義による残酷な侵略戦争。若者たちは、その戦争をやめさせるために何とかしようと行動した。ボール爆弾、マグネシウム爆弾…………そして枯れ葉剤。これでもか、これでもかと、ベトナム全土に殺戮と破壊を目的とした爆弾を投下し続けたアメリカ。そのアメリカの戦争を支えた日本。加害者としての自覚が生まれた時期だ。

 山﨑さんは、その戦争への反対の意思を表明しようと羽田に行き、そして殺された。

 山﨑さんの周辺にいた人々が、山﨑さんの死を想起し、その死を歴史にきちんと刻むべく立ち上がった。モニュメントをつくり、そして本を発行した。それがこの本だ。

 本を読んでいくと、ベトナム戦争が当時の若者に大きな影響を与えたことがわかる。こんな反人道的なことを許しておいてはいけないという正義感が、彼らを行動に駆り立てた。なぜアメリカはこうした蛮行を繰り広げるのか、なぜ日本政府はそれを支持するのか、人間はなぜ人を殺せるのか、なぜ…………そうした問いに解をみつけようと、若者は無数の本を読んだ。正義感を原動力としながら、行動の世界へ、知の世界へ、若者たちはすすんでいった。

 そうしたプロセスを、多くの執筆者が示している。

 執筆者のこころのなかに、今もベトナム戦争が生きていることがわかる。当時の若者たちに刻印されたベトナム戦争、その後の人生もそれに規定されている。

 同時に、現在の日本への厳しい認識が示される。かつての若者の正義感は、今もなお健在である。

2017年10月14日



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